こんにちは。
メディアレトリバーのライターYAMです。
突然ですが、皆さんは、自分の母校を最後に訪れたのはいつでしょうか?
私はライターとして、時にはディレクターとして、大学の広報誌やWebサイトの取材・ディレクションに携わっています。
その仕事柄、気がつけば自分の母校よりも、よその大学の門をくぐることの方が多くなってきました。
ある日は歴史ある大学の重厚な研究室で、またある日は最先端の設備が並ぶ大学のキャンパスで。
学生でも教職員でもないライターという立場で、私は大学を歩き続けています。
今回は、そんな私が取材の合間に見つけた、ちょっと不思議で愛おしい「大学という異世界」の歩き方についてお話しさせてください。
大学ごとに違う空気感
大学と一言で言っても、中身はさまざま。
学校ごとに見事に空気感が異なります。
たとえば、医療系の大学はキャンパスに一歩足を踏み入れると、まず清潔感に圧倒されます。
廊下ですれ違う学生さんたちが白衣を身につけていると、なぜか私まで背筋が伸びます。
医療系大学の実習室を見るのも密かな楽しみ。
「もうこれは病院やん!」というレベルの設備がそろっていて、毎回驚かされます。
誰かの命を預かる使命感に満ちた学生さんたちを見ては、いつも心の中で「ありがとう」と勝手に感謝しています。
一方で、芸術系の大学はまさに「カオスと創造の吹き溜まり」です。
廊下には描きかけのキャンバスが並び、学生さんたちのファッションも個性豊か。
ここでは「正解」を探すのではなく「自分だけの表現」を絞り出そうとする、少しピリついた、でも自由な熱気が満ちています。
ライターの私も、知らず知らずのうちに言葉選びが少しだけ大胆になる。
そんな刺激的な空気に満ちています。
そして、スポーツに強い大学を訪れると、活気が一段上がります。
すれ違う学生さんたちの「こんにちは!」という元気な挨拶。
グラウンドから聞こえるホイッスルの音や、トレーニングセンターから漏れてくる熱気。
言葉よりも先に体温が伝わってくるような、真っ直ぐなエネルギーに背中を押されます。
そして女子大学には、特有の賑やかさと静寂のバランスがあります。
大勢でお喋りしている学生さんたちの楽しそうな笑い声や、お気に入りの場所で一人読書に耽る学生さんの真剣な表情。
単に賑やかだったり、静かだったりするだけでなく、なんだか清いものを感じます。
食堂や廊下、お手洗いまでおしゃれにつくられている大学もあり、居心地の良さは抜群です。
「学食」という名の、孤独なグルメ
取材が午前と午後をまたぐときは学食にお邪魔することも。
最近の学食は、一昔前とは比べものにならないほど進化しています。
有名ホテルが監修した本格的なパスタや、彩り豊かなサラダボウルが並ぶことも珍しくありません。
ですが、どれだけ華やかなメニューが並んでいても、初めて訪れる大学で私が注文するのは、決まって「カレー」です。
学食のカレー。
それは、海の家や縁日の屋台で出てくるような、どこか懐かしく、そしてオーソドックスな味わいです。
特別にスパイスが効いているわけでも、希少な肉が使われているわけでもない、あの感じ。
一口食べれば「そうそう、これこれ」と、脳内のどこかにある「正しい学食の記憶」がピタリと一致する。そんな不思議な魅力があります。
しかも、驚くほど安い。
財布に優しいその価格は、勉強に励む学生さんたちへのエールそのもので、部外者の私までその恩恵に預かるとき、少しだけ「背徳感」と「連帯感」が混ざったような、温かい気持ちになるのです。
研究室探訪
大学取材で最も難しいのが先生へのインタビュー。
特に理系の先生方の研究室には、私のような文系ライターにとっては未知の「異世界」が広がっています。
正直に言うと、先生が繰り出す専門用語の数々は、私には呪文のようにしか聞こえません。
そこで私が繰り出す最大の武器が、「小学生にもわかるように教えていただけますか?」という一言です。
プロのライターとしては勇気がいる言葉ですが、この問いを投げかけた瞬間、自分も楽になり、先生の瞳も輝きます。
大学の先生方は、皆さん驚くほど自分の研究が大好きなオタク気質の方ばかり。
ひとたび噛み砕いた解説が始まると、子どものように目を輝かせ、その世界の面白さを語り尽くしてくれます。
「あ、この先生、この研究が心の底から好きなんだな」
そのキャラクターや熱量に触れる瞬間が、私は大好きです。
難解な理論そのもの以上に、その情熱を目の当たりにすることが、取材ライターとしての醍醐味かもしれません。
とはいえ、楽しい取材の後には執筆が待っています。
「先生の情熱を正しく翻訳できているだろうか…」
「そもそも私は正確に先生の話を理解できているだろうか…・」
原稿を提出する瞬間は、何度経験しても少しの不安がつきまといます。
でも、複雑な研究内容を誰かにわかりやすく届ける作業こそ、AIには真似できない、人間である私の仕事なのだと信じて、目をシパシパさせながらパソコンと向き合っています。
日常の中の「非日常」を歩く
大学は、そこで過ごす学生さんにとっては日常の風景ですが、部外者である私にとっては、いつ訪れても新しい発見に満ちた「非日常」の世界です。
「自分自身の学生時代はどうだっただろう」といつも思います。
当たり前のように門をくぐり、学食で友達とお喋りしながらランチして、眠気と闘いながら午後からの授業を受ける。
時間はたっぷりあって、好きな分野を学ぶことができていて、面白い先生や個性的な友人がいる。
贅沢な4年間だったはずなのに、「そこに感謝はあったかな?」と。
そんなことを考えながら、私は今月また誰かの母校へと向かいます。
そろそろ自分の母校にも里帰りしたいなぁ。

