こんにちは。デジレトライターのふみこです。
突然ですが、今日の天気を知りたいとき、あなたはどう調べますか?
スマホがあれば、天気アプリを一瞬見て終わり。
それで必要な情報はすべて手に入ります。
それでも私は、毎朝わざわざテレビをつけて天気予報を見たいと思うのです。
晴れか雨かを知りたいだけなら、スマホで十分。
それなのにテレビをつけてしまうのは、コメンテーターたちの何気ない会話が聞きたいからです。
「今日は寒すぎますよね」
「花粉、すごいですよね」
そんな雑談のようなやり取りを見ていると、なんだか安心感が湧いてきます。
「今日の気温は14度」といった記号的な情報ではなく、「私と同じように寒いと感じている人がいる」「今日もみんな頑張っている」と思いたいのかもしれません。
このことは、AIが身近になった今、人間味のある文章を書くうえでもヒントになる部分があるはず。
この記事では、
読みたいと思われる文章とは何なのか。
人間味のある文章とは何なのか。
を、私が出会った「人間らしいなあ」と感動した出来事から、紐解いていきたいと思います。
一緒に、人間味のある文章の正体を、考えていきましょう。
実績よりも、失敗をアピール?
私は、自分自身のスキルアップや実績を作るため、キャッチコピーやCMなどの公募に挑戦しています。
受賞を目指す中で、「どうしたら上手くなるんだろう?」「受賞のポイントは何だろう?」と思い悩むことがたくさんあり、ネットでさまざまな記事やブログを読みあさっていました。
その中で、ある1人の方のブログが目につきました。
しかし、そこには受賞のノウハウはまったくと言っていいほど書かれていませんでした。
並んでいたのは、こんな言葉です。
「こんなにやっても届かなかった」
「なかなか上手くいかない」
「完全に負けた」
いわば、挑戦していく中で感じる悔しさや弱さが、そのまま書かれているブログだったのです。
それなのに、そのブログは受賞を目指す人たちの間でとても人気があります。
私自身も読んでいて、「大変なのは自分だけじゃないんだ、また頑張ろう」と思えました。
嘆く姿を人に見せるのは、簡単なことではありません。
それでも、その正直な言葉が、読む人の心を動かしていく。
もし「受賞すること」だけが目的なら、「受賞するための必勝法」「私はこうして受賞しました」といった記事を読めば十分なはず。
でも、ノウハウ記事は一度読めば理解できてしまいます。
知りたいことがわかったら、それで終わりになることも多い。
でも、その方のブログには、何度も足を運びたくなる、次のブログも読みたい、一緒に頑張りたいと思わせる魅力があります。
SNSでは、「受賞しました」「こんな実績があります」といった発信もよく見かけます。
それ自体は間違いではありませんし、アピールしていくことも大切です。
でも、受賞できる強さ以上に、受賞できなかった弱さをさらけ出せる強さ。
それこそが、人を惹きつける人間らしい文章につながっているのかもしれません。
そんなことに気づかされた出来事でした。
芸人さんが体を張って教えてくれるもの
人間味という意味では、芸人さんの生き方もとても参考になります。
ドッキリに引っかかったり、失敗をツッコまれたり、ドジな一面を笑われたり。
芸人さんは、そうした人間らしい部分を隠すことなく見せてくれます。
私はお笑いが好きなのですが、芸人さんには「失敗をオイシイと思う感覚」があり、普通なら隠したくなるような失敗も、笑いに変えてしまう素晴らしさを持っているところが尊敬できるなあと思います。
また、馬鹿にされてもいいから、人を笑顔にしたい、楽しませたいというサービス精神も大いにあるのでしょう。
実際に芸人さんが書くエッセイを読むと、自分の失敗談や恥ずかしい出来事、プライベートの話などが惜しみなく書かれていたりします。
自分の弱さやコンプレックスを素直に綴ることで、共感が生まれているのでしょう。
芸人さんのようにすべてをさらけ出すのは簡単ではありませんが、私も、少しだけ弱さを見せたり、本音を書いてみたりすることから始めてみたいなと思いました。
自己開示の姿勢は、私も見習っていきたいと思っています。
純文学に描かれる人間性
人間らしさを切り取った文章として、純文学小説も思い浮かびます。
純文学作品では、人間の内面がとても深く描かれています。
特に芥川賞作家と呼ばれる人たちの文章には惹かれる要素がたくさん。
物語の展開よりも、ふだん、人がどう感じ、どう迷い、どう生きているのか。
そうした心の動きが丁寧に描かれているところに魅力を感じます。
苦しい、恥ずかしい、といった感情一つとっても、比喩豊かに、細やかな描写で表現されています。
その文章を読むと、自分の中でモヤモヤしていた感情の解像度が上がり、「そうそう、私が感じていたのはこういう気持ちだった」と、ちょっとすっきりした気持ちになります。
節約のために図書館で本を借りて読んでいたのですが、読んでいるうちに「これは借りるんじゃなくて買いたい」と思うことも多くなりました。
読み終わったあとも本棚に置いておきたい。
そして、ふと寝る前にランダムにページを開いて読みたくなる。
読むと、なんだか安心する。
そんなふうに思わせてくれるところが、純文学作品の魅力なのかもしれません。
【まとめ】ふと、帰りたくなる文章を
ここまで、人間味のある文章について考えてきました。
受賞できなかった悔しさを正直に書くブログ。
失敗さえも笑いに変えてしまう芸人さんの姿勢。
人の心の奥を静かに描く純文学。
どれにも共通しているのは、一度読んで終わりではない文章だということです。
疲れたときや、落ち込んだとき。
なんとなく誰かの考えに触れたくなったとき。
そんなときに、ふと帰りたくなる場所のような文章。
人は、そんな文章に惹かれるのかもしれません。
好かれる人柄になることは簡単ではありませんが、自分の弱さや迷いも含めて、少しずつ言葉にしていく。
その姿勢が、いつか誰かにとっての、帰りたくなる文章につながるのかもしれません。
私も、そんな文章を書けるよう、これからも精進していきたいと思います。

